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MQAで聴くクラシックの名盤

第15回


清々しさがあってみずみずしく

心のこもった女声に

うっとりと聴き惚れる

文:野村和寿


 

シュヴァルツコップのソプラノの声に、かの指揮者フルトヴェングラーがぞっこん参って伴奏ピアノを引き受けたように、私もシュヴァルツコップの歌に参ってしまい、ヴォルフという未知の音楽家の歌曲集に耳を傾けることにした。それから何度も本歌曲集を聴いている。その素晴らしさを綴ってみたいと思います。

 

ヴォルフ 歌曲集  (1953年ザルツブルク・ライブ)  エリーザベト・シュヴァルツコップ(ソプラノ)  ウィルヘルム・フルトヴェングラー(ピアノ)

第15回

 ヴォルフ 歌曲集

(1953年ザルツブルク・ライブ)

エリーザベト・シュヴァルツコップ(ソプラノ)

ウィルヘルム・フルトヴェングラー(ピアノ)

ワーナークラシック・ジャパン

ハイレゾ提供 e-onkyo music

http://www.e-onkyo.com/music/album/wnr190295489823/

 

ファイル形式

MQA Studio 96kHz/24bit

2015年 96kHz/24bitリマスター音源より、最新MQAエンコード

1,991円(税込価格)

 

◎実際の販売価格は変動することがあります。価格は税込価格(消費税10%)です。


フーゴ・ヴォルフ  (1860-1903年)  Wikimedia Commons
フーゴ・ヴォルフ (1860-1903年) Wikimedia Commons

 

フーゴ・ヴォルフ(1860-1903年)の『歌曲集』のことをご紹介します。

歌っているのはエリーザベト・シュヴァルツコップ(1915-2006年)ピアノ伴奏は、ウィルヘルム・フルトヴェングラー(1886-1954年)です。オリジナル録音は、1953年ですが、MQAハイレゾとなってこのほどリリースされ、モノラル録音ながら、音の奥行き感も充分感じられ素晴らしい音楽を聴くことができました。

 

私は、不覚にもこの年齢になるまで、フーゴ・ヴォルフというオーストリアの作曲家の名前を、単にドイツ・リート(ドイツ語の詩とドイツ音楽が融合したもの)の大家くらいにしかよく知りませんでした。本歌曲集も後期ロマン派の美しい曲ぐらいしか知りませんでした。

 

なんのことか、最近になって、1953年の8月12日にオーストリアのザルツブルクで開催されたザルツブルク音楽祭のモーツァルテウム音楽院大ホール(座席数800名と小ぶり)で、ソプラノ歌手のエリーザベト・シュヴァルツコップがうたった『ヴォルフ 歌曲集』を聴いてしまいました。

 

伴奏者は、なんと第13回に本稿でバイロイトの『ベートーヴェン 第九交響曲」をご紹介した、当時の大指揮者ウィルヘルム・フルトヴェングラーでした。

 

このときのリサイタルはちょうど弱冠42歳で若くしてこの世を去ったヴォルフ没後50周年にあたり、この年のザルツブルク音楽祭の目玉でチケットが最も入手困難だったとされています。

フルトヴェングラーは、前日にモーツァルトの歌劇『フィガロの結婚』を振り、シュヴァルツコップは気品のある声で応えるように伯爵夫人役でうたっていました。

 

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第6回
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エリーザベト・シュヴァルツコップ

エリーザベト・シュヴァルツコップ

(1915-2006年)

Wikimedia Commons

ウィルヘルム・フルトヴェングラー 

ウィルヘルム・フルトヴェングラー

(1886-1954年)

Wikimedia Commons

第7回
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第9回
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第10回
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22曲からなる、本『ヴォルフ歌曲集』は、曰く因縁のあるリリースでした。

 

歌手シュヴァルツコップの後に夫になる男性が、英国EMI(膨大な音源の遺産は現ワーナーミュージックに引き継がれています)の大プロデューサー ウォルター・レッグ(1906-1979年・カラヤンをシュヴァルツコップの口利きで育てた人、フィルハーモニア管弦楽団を設立、歌姫マリア・カラスを発掘した人)は、戦前に、25歳のとき、フーゴ・ヴォルフの歌曲全集を作った人でもありました。

 

英国で、ヴォルフのレコード全集を第二次世界大戦前の1931年秋にリリースしようと、今で言う、クラウド・ファンディングみたいなことをしたときに、全世界で、一番、事前に予約が集まったのは、英国よりも日本でした。全部で500組の予約分募集に対し、なんと111組の予約が戦前の日本から集まったのです。ヴォルフの全集は1931年から1938年まで続いてリリースされ、SPのアルバム6冊にもなりました。(資料:ローランド・ジェラット著 『伝説の蓄音機』1966年改訂版 ニューヨーク刊)より

 

第11回
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第12回
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ウォルター・レッグ
ウォルター・レッグ(1906−1979年)1920年20歳のときに、英国EMI傘下のHMV(ヒズ・マスターズ・ボイス)に入社したのを皮切りに、1963年までレコード・プロデューサーを務め、その間、後に細君ともなったエリーザベト・シュワルツコップ(ソプラノ)、マリア・カラス(ソプラノ)、カラヤン(指揮者)など20世紀を代表するクラシックの音楽家たちを育てた。写真提供:ワーナークラシックス
第13回
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「MQAで聴く女性ボーカル」
「MQAで聴く女性ボーカル」

 

 

少し遠回りになりますが、まず、英EMIのプロデューサー・ウォルター・レッグとソプラノの名花シュヴァルツコップ夫婦のことをお話しなければなりません。

 

ウォルター・レッグは、第二次世界大戦末期、地中海や北アフリカ戦線で、ドイツの宣伝放送から流れる、若いソプラノの声が素晴らしいという評判を聞きつけ、戦争が終わったら是非、その若いソプラノと接触しようと心に決めていたそうです。

 

終戦後の1947年、さっそく、レッグは、シュヴァルツコップをロンドンに呼び寄せ、レコードにできるかどうかのオーディションに臨みました。このオーディションには、若き指揮者カラヤンも同席していました。 

 

オーディションで取り上げたのは、もっとも、表現することが難しい、本歌曲集にも登場するフーゴ・ヴォルフの「イタリア歌曲集」でした。

「ある曲の最後の部分のフレーズを、数え切れないほどさまざまに異なる歌い方、違う色彩、違う表情で歌わせたのです」(『レッグ&シュヴァルツコップ回想録 レコードうら・おもて』シュヴァルツコップ著 河村錠一郎訳・1986年音楽之友社刊)より

 

 

 

 

 

 


『レッグ&シュヴァルツコップ回想録 レコードうら・おもて』

『レッグ&シュヴァルツコップ回想録 レコードうら・おもて』

(エリーザベト・シュヴァルツコップ著

河村錠一郎訳 1986年 音楽之友社刊 (絶版)

 

ウォルター・レッグ On and Off the Record

 Published by Faber and Faber, London, 1982 絶版

(原著)ON AND OFF THE RECORD 

A MEMOIR OF WALTER LEGGE

Elizabeth Schwarzkopf


 

 

ありとあらゆる歌で表現せよというレッグの注文に、シュヴァルツコップは見事に応えました。こうして、レッグは、シュヴァルツコップを、英EMIレーベルのアーチストとして、英EMIに迎えたのです。夫婦となるのはそれよりずっと後の1953年になってからのお話でした。

 

1953年夏、フルトヴェングラーは、夏の避暑地、オーストリアのザルツブルクに夏の間6週間の家具付きのアパートを借りていたのですが、フルトヴェングラーのほうから、シュヴァルツコップへ、ヴォルフの没後50周年の記念リサイタルのピアノ伴奏を買って出たのです。

 

フルトヴェングラーは、1951年のバイロイト音楽祭の『ベートーヴェン第九交響曲』のソリストにも、シュヴァルツコップを起用し、また1953年のザルツブルク音楽祭では、モーツァルトの歌劇『ドン・ジョヴァンニ』のドンナ・エルヴィラ役、『フィガロの結婚』の伯爵夫人役にも、シュヴァルツコップを起用するなど、とにかく、彼女の清々しくみずみずしい歌声にぞっこんだったのです。

 

フルトヴェングラーの家での練習のとき、シュヴァルツコップは、いつもこの曲をうたうときよりも、テンポが遅かったのですが、フルトヴェングラーのドラマのような、ヴォルフの歌曲の伴奏にいざなわれて、「それまでのヴォルフの印象からは味わえなかったような。曲の内面にひそんだ凄みのある音楽体験が出来た」と後に語っています。

 

フルトヴェングラーのピアノ伴奏はちょっとほかとは違っています。まるで指揮をするように、物語をとつとつと歌ってみせています。

あんまり技巧的な演奏というのではなくて、心がこもった歌曲に寄り添った演奏ということができるでしょう。特に曲のエンディングは素晴らしく、まるで消え入るようにテンポをどこまでもゆっくりと落としていくところが、正に聴きどころです。

 

さて、『ヴォルフ 歌曲集』ですが、いろいろなヴォルフの歌曲から曲を組み合わせています。

 

ドイツの詩人メーリケ、ゲーテ、アイヒェンドルフの詩による、および、イタリア、スペインの歌曲集などからも集められています。

 

ヴォルフは1888年から1890年のわずか3年間に、次々と歌曲集を発表していきます。その数は約314曲ともいわれ、まさに歌曲の王といわれるにふさわしいのです。ところがシューベルトや、ブラームス、シューマンの歌曲集と違って、あまりに膨大すぎて、歌曲集を全曲うたい通すということは難しいくらいなのです。

 

そこで、本アルバムに収録された、1953年8月12日のリサイタルでは、シュヴァルツコップが選んだヴォルフの作品が並びました。ちょうど、ベルギー王室御用達のゴディバやノイハウスのような高級チョコレートの詰め合わせを思い浮かべてみてください。チョコレートのように、1曲1曲は小規模だけれど、1曲1曲に独特の味わいをもち、全体としては、それが途方もなく広がりのあるヴォルフの歌曲集という壮大な宇宙を形作っています。

 

拍手とともに、シュヴァルツコップとフルトヴェングラーがステージに登場します。まずメーリケ歌曲集を4曲うたい、拍手があります。そして、ゲーテ歌曲集が6曲、休憩があり、イタリア歌曲集から4曲、スペイン歌曲集から4曲、ケラー、ライニック、アイヒェンドルフの歌曲と続く全22曲です。1曲1曲は、とても短いのもあり、一気に聴き通すことができるでしょう。

 

これらを一聴するとわかるのは、まるで、ドイツのメルヘン童話のように、実に、かわいらしくロマンチックな歌詞にもとづいて、ヴォルフが作曲した歌曲集なのでした。ぼくは、奔放なまでにのびのびと美しく振る舞うというこの『ヴォルフの歌曲集』が、私はいっぺんに好きになったのです。 

 

歌曲を聴くときにどんな歌詞が歌われているか、おおよその22曲の曲の内容を紹介していきましょう。細かい歌詞の中身うんぬんよりも、もうすでに、おわかりの通り、メルヘンの世界、ファンタジーの世界に、遊んで聴いてみることにしましょう。(各曲の紹介へ)

 


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