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MQAで聴くクラシックの名盤

第9回


21年もかけた結晶が

口ずさめるようなメロディーを生んだ

文:野村和寿


 

ブラームスは、ベートーヴェン、バッハと並んで3大Bの一人といわれ、演奏会ではこぞって演奏されることが多い交響曲を生み出した。メロディーの美しさは群を抜いている。なぜ、ブラームスは第1番を作曲するのに21年もかかったのか?そこには知られざる秘話が隠されていた。

 

 

ブラームス 交響曲全集(第1番から第4番)

サー・サイモン・ラトル指揮

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

 

録音時期:2008年10月29日〜11月14日

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の本拠地である

ベルリンのフィルハーモニーで録音。

 

ファイル形式:MQA Studio 44.1kHz/24bit

レーベル名 ワーナー・クラシックス

レコード会社 ワーナー・ミュージック・ジャパン

 ハイレゾ提供 e-onkyo music

http://www.e-onkyo.com/music/album/wnr28789/

2.619円(税込価格)

◎実際の販売価格は変動することがあります。価格は税込価格(消費税10%)です。

 

 

だんだんとクラシック音楽を聴き続けてくると、もしかするとブラームスの交響曲ほど口ずさむことのできるメロディーが出てくる交響曲は、ほかにはなかなかないのではないかと思うようになった。若い頃は、チャイコフスキーやベートーヴェンのメロディーを口ずさんだが、ある年齢を境に断然、ブラームスが耳の中で鳴ってきて口ずさめるようになった。ベートーヴェンの交響曲では、メロディーが次から次へと変貌を遂げていくのが常であるし、モーツァルトの交響曲では、あふれんばかりのメロディーの宝庫だが、印象的なメロディーがシャンパンの泡のように次々と出ては消えていくという運命にある。

 

ブラームスは、長いフレージング(歌いっぷりのこと)が特徴である。つまり、何度も同じメロディーがリフレインされて登場するために、聴き手のほうは知らず知らずのうちに耳になじんでしまうのである。最初の交響曲である交響曲第1番を例にとってもう少し詳しくふれてみることにしよう。

 

弦楽器コントラバスのブリブリと言わせる重低音に支えられて、ダンダン、ダン・・・と打楽器ティンパニの規則的な連打音と共に、おもむろに交響曲第1番の第1楽章は始まりを見せる。なにか思い詰めたような弦楽器群による強奏が続くかと思うと、テンポ・アップして、弦楽器群が雄弁に語り続ける。

 

ブラームスの交響曲第1番とは、悲劇を伴う運命的な交響曲である。決然として音楽に向かい、聴衆は延々と続くメロディーに心をまかせ、交響曲とともに、生命を得たごとくに聴き入る。第1楽章の弦楽器群と管楽器群の力は、ちょうどラグビー・フットボールの8人のフォワードが一体になって組むスクラムと似て、がっちりと前へ前へとの進みゆく。

 

第2楽章には、楽章と楽章とをつなぐ、いわば箸休めの域を遙かに超えてまさに美しい。途中には泣かせるくらいきれいなバイオリン・ソロがあり、オーケストラの歴代のコンサートマスターが、その任にあたり奏でてくれている。本録音の頃(2008年)のベルリン・フィルを率いていた日本人コンサートマスター安永徹(1983から2009年コンサートマスター)の奏でるバイオリンの美しい煌めくばかりのソロである。

 

第3楽章は忘れられない木管楽器クラリネットのメロディーにじっと聴き入る。クラリネットの周囲をオーケストラが優しく包み込むように聴こえてくる。

 

第4楽章には、忘れられないメロディーが主に2つ。順番は相前後するが、1つは4トラック4分43秒あたりから始まる、これまた長いメロディー。きっとお聴きになった後でさえも、聴き手にとっては忘れられないメロディーとなるに違いない。

 

作曲当初から先輩であるベートーヴェンの第9交響曲の第4楽章「歓喜の歌」のテーマをオマージュしたものと言われてきた。しかしである、このメロディーほど耳になじみやすく、また、耳に残りやすいメロディーはほかになかなかみつからない。

 

さらにとっておきをもう1つ。

 

ブラームスの尊敬する音楽の先輩であり、友人であり、なによりも最愛の女性であった女流ピアニスト・クララ・シューマン(夫は作曲家のロベルト・シューマン 46歳で早世)との間に交わされた、往復書簡の中で、1863年11月25日クララが44歳、ブラームス30歳への書簡の中に発見できる一文である。クララが「ハ短調の交響曲の作曲は進んでいますか?」と手紙に書いている。

 

ハ短調の交響曲とは後の交響曲第1番のことである。ブラームスが曲の構想を始めたのは、ブラームス22歳の1855年だから、クララのブラームスに送った書簡の頃でさえも、構想開始からすでに8年も経過した頃だった。クララはなかなか完成しないブラームスの初めての交響曲について心配していたことがわかる。

 

それからさらに13年の月日が流れた1876年10月のクララの日記には、「ブラームスは交響曲第1番をクララにピアノで弾いて聴かせた」ことが記されている。交響曲第1番が正式に初演されたのは、そのすぐ後の1876年11月4日。ブラームス43歳の時、クララの当時住んでいたドイツ帝国(バーデン大公国)の宮廷劇場での披露だった。

 

ブラームスが最初に作曲の構想を開始してから、すでに21年の月日が経とうとしていた。

 

ブラームスとクララとの関係を示す素晴らしいエピソードをもう一つ、交響曲第1番に探すことが出来る。第4楽章のクライマックスを告げるトラック4(3分45秒から)に出てくる金管楽器の3本のトロンボーン、木管楽器の低音のファゴット、超低音のコントラファゴットによって奏される、象徴的なファンファーレのメロディーである。

 

これこそ、1868年9月6-12日ごろに、ブラームスからクララへの贈り物の中に、「アルペン・ホルンの主題」のメロディーとともに、歌詞が添えられて、最初に登場したメロディーそのものである。

 

「高い山から、深い谷から、あなたに千たびのご挨拶を!」

(『友情の書簡』クララ・シューマン ヨハネス・ブラームス B・リッツマン編 原田光子編訳 2013年みすず書房刊所収)。

 

このメロディーを、第4楽章のクライマックスの始まりを告げる最も重要なサビのところで、ブラームスは高らかに鳴らしたのである。

 

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