第9回 モーツァルト・アリア集~ウェーバー三姉妹/サビーヌ・ドゥヴィエル

 

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Cathédrale Notre-Dame-du-Liban de Paris ウィキペディア
Cathédrale Notre-Dame-du-Liban de Paris ウィキペディア

2015年1月12−18日 録音が行われたパリ・ノートルダム・デュ・リヴァン教会

この教会は、クラシックの録音会場として使われることが多く、最近ではバイオリニスト諏訪内晶子の

『フランク&R.シュトラウス:ヴァイオリン・ソナタ集』(ユニバーサルミュージック)の録音もここ

で行われた。


ウェーバー家の長女ヨゼーファ  

(モーツァルトの歌劇『魔笛』で夜の女王役を初演)

 

9曲めから12曲めまでは、このアルバムでは「ヨゼーファ、または光の中に入って」とタイトルがつけられています。ヨゼーファ(1758-1810)はウェーバー家の長女で、興行師シカネーダー率いるオペラ劇団でモーツァルトのオペラ『魔笛』の重要な配役・夜の女王役の初演をうたった歌手として後世に名をとどめています。

 

9曲め「2つのバセットホルンとファゴットのためのアダージョへ長調」(K.410)

わずか27小節の小曲ながら、モーツァルト研究家のアインシュタインは、「モーツァルトの最もさん然たる楽曲のひとつ」秘密結社フリーメーソンのための儀式のためのなんと美しい象徴か」と称賛しています。モーツァルトは1784年に秘密結社フリーメーソンに入会しました。そして、死ぬまで7年間熱心な会員でした。ちなみにフリーメーソンとは、「自由・平等・友愛・寛容・人道」を旨とする、16世紀にヨーロッパで始まり現在まで続いているとされる秘密友愛組織といわれています。歌劇『魔笛』がフリーメーソンの約束事を暗示しているともいわれ、夜の女王をうたったヨゼーファのこの章に取り上げられました。バセットホルンは、金管楽器のフレンチホルンとは異なるクラリネットの古楽器です。(歌なしでオーケストラのみで演奏されます。)

 

10曲め「やさしい春がもうほほ笑んで」(K.580)

1789年ヨゼーファのために作曲された、いかにもモーツァルトらしい天真爛漫さに包まれながら、うたわれる、まさに心躍る洗われるような軽やかなテンポの美しいコロラトゥラ・ソプラノのアリアです。(コロラトゥラ・ソプラノのソロとオーケストラ伴奏で演奏されます。)

 

11曲め「歌劇『魔笛』(K.620)

〜復讐の炎は地獄のように我が心に燃え<夜の女王のアリア>

曲頭に不協和音が鳴り響きなんだか自宅のオーディオ装置が壊れたのかと驚かれるかもしれません。これは本アルバムが、『魔笛』の「夜の女王」の登場をたった一撃で予感させる演出だと思われます。

 

『魔笛』という歌劇は、子どものためのファンタジーと一見思われがちながら、実はかなり複雑な要素をもっており、第1幕では善玉と思われる「夜の女王」という役が、第2幕の本アリアを境に一転して悪役に成り代わるという不思議な歌劇でもあります。

 

夜の女王が自分の娘パミーナにナイフを渡して、宿敵ザラストロを殺してくるようにと命じる世にも恐ろしいアリアなのです。そこで、モーツァルトは、この世のものとも思えないほど高い音域の超絶技巧のアリアを夜の女王に与えておどろおどろしさを演出しています。

 

オペラ『魔笛』の中でももっとも有名な見せ場で歌われるアリアで、これを完全な形でうたうことができるのは、現在でも世界に数えるほどしかいません。サビーヌ・ドゥヴィエルは、ただ単に超絶技巧を歌いこなすのも難しいというのに、それだけにとどまらず、ころころとした声を駆使して、難なくクリアーしてみせるそれでいてきつくならないという彼女の真骨頂をみせます。(コロラトゥラ・ソプラノ・ソロとオーケストラ伴奏で演奏されます。本アルバムの最も盛り上がるトラックです。)

 

12曲め「エジプトの王ターモス」第5曲間奏曲(K.345)

古楽器を使ったオーケストラの透明なハーモニーと痛切なアクセントを効かせた演奏です。ドラマティックな歌劇の歌と歌の間を取り持つのが間奏曲ですが本曲はその性格以上に激しい性急で快速のテンポでたたみかけるように押し寄せてきます。(オーケストラのみで演奏されます。)

 

 

ウェーバー家の3女コンスタンツェ(モーツァルトの奥さんになった女性)

 

ウェーバー三姉妹の3女コンスタンツェ(1763−1842)はモーツァルトの妻となった女性。快活で華やかな遊びを好んだ。 ウィキペディア
ウェーバー三姉妹の3女コンスタンツェ(1763−1842)はモーツァルトの妻となった女性。快活で華やかな遊びを好んだ。 ウィキペディア

 

13曲めから15曲めは、「私の愛しいコンスタンツェのために」となっています。

コンスタンツェは、ご承知のように、姉ヨゼーファの5つ年下、姉アロイジアの3つ年下で、ご承知のように、27歳のモーツァルトと1782年19歳のときに結婚しました。

 

13曲め「歌劇『魔笛』(K.620)〜神官の行進」

本曲は、コンスタンツェと結婚していた1791年に歌劇『魔笛』の第2幕の冒頭(第9曲)として作曲されました。つまり歌劇では11曲めよりも前に演奏される曲です。

 

第1幕で、悪役と思われていたザラストロが神官を伴って登場し、若者タミーノに「試練を受ける資格がある」と告げる場面で演奏されます。聴き手を平安に満ちた心にさせてくれるような、美しさにあふれた曲です。(オーケストラのみで演奏されます。)

 

14曲め「ソルフェッジョ」(K.393 NO.2)

「ソルフェッジョ」とは楽譜を読む力をつけるためのいわば練習曲なのですが、そこはモーツァルトのこと、ゆったりとした、めくるめくような美しいソプラノのアリアになっています。母音のみで「あああああ」とうたうヴォカリーズのような曲調になっています。もともとは、後の15曲めのミサ曲を、妻のコンスタンツェにうたわせる前に、ソプラノの高い音域をきれいにうたうことができるようにと、用意した練習のために作曲されました。モーツァルトは「(妻コンスタンツェが)全部で26小節も延々と続く3連符のところを、難しいトリル(装飾音符)をゆっくりと、念入りにかけてうたうところが、とてもうまくうたえたので、うれしくなった」と書き残しています。

 

15曲め「ミサ曲ハ短調  肉体をとりたまいし者」(K.427)〜「尻をなめろ」(K.231)

モーツァルトが作曲した未完に終わったキリスト教カトリックのためのミサ曲です。どちらかといえば厳かで厳粛であるはずのミサ曲というジャンルでさえも静かなだけでなく、まことに優美な音楽としてしみじみと聴かせてしまうのが、いかにもモーツァルトのモーツァルトたる所以といえましょう。14曲めでたっぷりと歌を練習したコンスタンツェによって1782年にウィーンで初演されました。静かめにゆっくりと曲が進行しているのですが、突如7:43あたりでいったん曲は終わります。(このミサ曲は未完成なのです)ところが、本アルバムでは、面白い工夫がなされているのです。曲が終わったかと思いきや、一転して、ドゥヴィエルは、いたずらっぽく、カノン(輪唱・かえるのうたが・・・のあれです)を歌いだし、合唱が続き、オーケストラが続きます。これはなんなのでしょう?調べてみるとこのアルバムの解説にものっていないちょっとした「いたずら」は、れっきとて、モーツァルトの作品「俺の尻をなめろ」(K.231)なのです。

 

「俺の尻をなめろ」とは、ドイツ語のスラングで、「消え失せろ!」とか「引っ込め」という意味なんだそうです。(実は本曲は、いわくつきの曲でして、1778年次女アロイジアの元を訪ねたモーツァルトに、アロイジアはこの曲をうたって「消え失せろ!」といったのです。モーツァルトは失恋したのです。)

 

これはハ長調(ドレミ・・・と続くもっとも基本的な調)で作曲されているのですが、モーツァルトの最後の交響曲である第41番「ジュピター」の第4楽章が、同じくハ長調でかかれ、「ド・レ・ファ・ミ・・・」で始まるのに対して、こちらは、「ド・レ・シ・ド・・・」で酷似しているのです。そこで、本アルバムでは、それをもじって、ジュピターの第4楽章のような華やかなフィナーレを付け加えています。それも黙って「分かる人には分かりますよ」とでもいいたげにです。憎い演出ではありませんか!

 

ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756年1月27日 - 1791年12月5日) 本アルバムで取り上げられているのは主に1777年21歳から1791年35歳までの作曲です。
ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756年1月27日 - 1791年12月5日) 本アルバムで取り上げられているのは主に1777年21歳から1791年35歳までの作曲です。

 

『モーツァルト・アリア集〜ウェーバー家の3姉妹 サビーヌ・ドゥヴィエル』を、最後までお読みいただきまことにありがとうございます。モーツァルトにとって、長女ヨゼーファとは歌劇での歌のつながり、次女アロイジアは、恋というよりも、歌にひいでた音楽的魅力にモーツァルトがぞっこんになったつながり、そして、3女のコンスタンツェとは少し度を超した家庭生活でありましたが、一緒に生活するうえでの楽しさのつながりとでもいえるでしょうか? 

 

なお、このアルバムの音楽を全部知るクラシックファンはそう多くはないでしょう。そうです。このアルバムは、モーツァルトの隠れた珠玉のアリア集なのです。ちなみにウェーバー家は、3女コンスタンツェの23歳年下の従弟(いとこ)に、カール・マリア・フォン・ウェーバー(1786-1826年)が出ました。ウェーバーは歌劇『魔弾の射手』で有名な主に19世紀に活躍したドイツのオペラ作曲家です。

 

文:野村和寿

 

 

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執筆者紹介

78年FMレコパル編集部に参画して以来、約20年にわたりFMレコパル、サウンドレコパルと、オーディオと音楽の雑誌編集者を長く務める。誌上では、オーディオのページを担当するかたわら、新譜ディスク紹介のページを長く担当した。海外のオーディオ・メーカーの取材の際、宿に戻り遠く離れた土地で日本のボーカルを聴いてジーンときたという体験をし、ボーカルがいかにオーディオに人の心にダイレクトに響くかに開眼した経験をもつ。 

 

ポップスやロック、ジャズ、クラシックといった多方面のアーチストと交流を深めるうちに、音楽はジャンルではなく、その楽しさにおいては、なんら変わらないことに確信を持つ。ハイレゾの今日に至るも、ますます、お薦めボーカルをジャンルを取り払って探していきたいと思っている。 

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