文:野村和寿
米国オリジナル・アナログテープを基にした2019年DSDマスターを352.kHz/24bit変換してMQA-CD化したものです。
歌(アーチスト)ダイアナ・ロス
ジャンル:R&B (ブラックコンテンポラリー)
ユニバーサルミュージック
2,800円+税(限定生産盤)
◎実際の販売価格は変動することがあります。
■収録曲
1.アイム・スティル・ウェイティング
3:45 ’70年発表
2.サレンダー
2:44 ’71年発表
3.ラヴ・ハングオーヴァー
3:45 ’76年発表
4.マイ・オールド・ピアノ
3:56 ’80年発表
5.タッチ・ミー・イン・ザ・モーニング
3:59 ’73年発表
6.愛の戦い
(ノー・ワン・ゲッツ・ザ・プライズ)
4:41 ’79年発表
7.マホガニーのテーマ
3:24 ’75年発表
8.トップ・オブ・ザ・ワールド
3:08 ’77年発表
9.リメンバー・ミー
3:44 ’08年発表
10.エンドレス・ラヴ
4:28 ’81年発表
11.アップサイド・ダウン
3:40 ’80年発表
12.悲しみの終る時
(ソーリー・ダズント・オールウェイズ・メイク・イット・ライト)
3:32 ’75年発表
13.愛の流れに
(アイ・ソート・イット・トゥック・ア・リトル・タイム(バット・トゥデイ・アイ・フェル・イン・ラブ))
3:27 ’76年発表
14.ドゥーブドゥードンドゥーブ
4:52 ’70年発表
15.リーチ・アウト・アンド・タッチ
3:05 ’70年発表
16.エイント・ノー・マウンテン・ハイ・イナフ
3:42 ’70年発表
17.ザ・ボス
3:54 ’79年発表
18.アイム・カミング・アウト
3:58 ’80年発表
19.イッツ・マイ・ターン
4:00 ’80年発表
好評連載中!
映画『エンドレス・ラブ』
(アメリカ・’81年公開)DVD発売中
監督: フランコ・ゼッフィレッリ
出演:ブルック・シールズ、マーティン・ヒューイット他
監督したゼッフィレッリ(1923-2019年)は、オペラの歌姫(ディーヴァ)マリア・カラスの生涯を描いた『永遠のマリア/カラス』(2002年)も監督しています。
ダイアナ・ロスの豪華なベスト盤が、MQA-CDで聴けるようになりました。1曲をのぞいて(1曲だけ2008年リリース)、’70-’81年にリリースされた楽曲からピックアップされたベスト盤です。CDが登場したのは、’82年のことなので、最初のリリースは、アナログ盤でリリースされていたナンバーです。
’80年当時取材した録音のことを思い出して書いてみましょう。直接ダイアナ・ロスの録音を取材したわけではないのですが、 当時、売れに売れていたダイアナ・ロスのアルバムは、ふんだんな予算で贅沢な録音が行われていましたから、これはたぶんですが確実に下記と同じような録音方式が採用されていただろうと推察できます。当時を思い出す一助とされてみてください。
’80年代のポップスのレコーディングでは、現在のようないわゆる「打ち込み」録音と呼ぶ、シンセサイザーによるバック音楽が登場するよりも前で、まさに手作りのようなアナログ録音が主に行われていたのです。レコード・プロデューサーに加えて、ミキシング・エンジニアという専門職が重要になったのも、この頃でした。Neve(ニーヴ)に代表されるメーカーの巨大な(アナログ)24チャンネル・ミキシング調整卓を駆使して、24チャンネルいっぱいに、豪華なバック・コーラスや、ブラス(金管)セクション、リズム・セクション、ストリング・セクションをちりばめて、あらかじめ別々に1トラックあるいは複数トラックのバック音楽をアナログで録音していきます。バックを受け持ったミュージシャンは専門職で、腕のよいスタジオ・ミューシャンがスタジオではひっぱりだこでした。
つまり、24チャンネルのマルチトラック・レコーダーに、複雑なオーバー・ダビングという方法で、いろいろなバックの音楽をふんだんにちりばめていたのです。これにはアナログのテープ・ノイズを除去するノイズ・リダクションも使われていました。テープレコーダーは38センチ毎秒の倍の速さである76センチ毎秒という、ものすごい速さでテープがクルクルと回っていました。
こうして別々に24チャンネルの2インチ(約5センチ幅)の分厚いアナログ・テープに、オーバー・ダビングという方法で、あらかじめ録音されたバック音楽にのって、主人公ダイアナ・ロスが、ボーカルを後から、録音して最後に2チャンネルに編集されマスタリング(まとめていった)された録音なのだと推察することができます。
よく以前のCDにはジャケット裏の下のほうに「AAD」という表示があったことを記憶されているかもしれません。ポップスやロックはほとんどがこの「AAD」でした。最初の「Aはアナログで録音したこと」、次の「Aはアナログで編集されたこと」、最後の「Dは、デジタルでマスタリングがされてCD化したこと」を表していました。
’80-’90年代ダイアナ・ロスのボーカルは、よく高級ディスコティックでかかっていたナンバーでした。それは、がんがんとくるようなアフリカ系アメリカンのソウル・ミュージックではなくて、もっとソフィスティケートされた軽めの心地よい音楽。ダイアナ・ロスの軽めの清々(すがすが)しいボーカルにのって、気持ちが軽くなっていくのを経験していました。
’77年の映画『サタデー・ナイト・フィーバー』(アメリカ・ジョン・トラボルタ主演)の大ヒットで、’80年代になると日本でも本格的ディスコ・ブームが起こり、なかでも東京・六本木には近未来の宇宙空間を思わせようなディスコ『トゥーリア』(’87年)が登場した時点が今思うと最高潮に達した頃でした。
3曲めの「ラヴ・ハングオーヴァー」は、最初チャイニーズチックなイントロ・メロディーと気怠いゆっくりめのリズムにのって、ダイアナ・ロスが、うたい始めます。このメロディーは、’80年代にとんがっている最先端の女性の魅力の見せどころでした。ワンレン・ボディコンで、自分のスタイルの良さをめいっぱい強調して、ディスコではいやが応にも目立つ踊りでした。曲のなかの3:45で、途中で曲調が一気にダンサブル(ダンスにうってつけの)な速めのテンポに変わります。身体の動きは激しくなり、もうディスコ・クイーンの独壇場です。
1曲めの「アイム・スティル・ウェイティング」2曲めの「サレンダー」や4曲め「マイ・オールド・ピアノ」11曲めの「アップ・サイド・ダウン」も、ダンサブルな曲調で、今聴いていても聴き手の身体の各部所が覚えていて、思わず踊り出したくなるでしょう。さらに、歌声自身が、ずいぶんとリズムにのっていて、細身のダイアナ・ロスの歌声がはっきりと音楽全体を確実にリードして楽しい雰囲気にもっていっているのがわかってきました。
ディスコ・ミュージックのもう一つのお目当ては、5曲め「タッチ・ミー・イン・ザ・モーニング」、12曲め「悲しみの終る時」19曲め「イッツ・マイ・ターン」といったスロー・ナンバーでした。スロー・テンポのダイアナ・ロスのボーカル曲は、ディスコがチーク・タイムに一変。瞬間で、男女にとってお目当ての男女と寄り添って、お互いのほほとほほとをくっつくくらいにして抱き合って踊ることができる唯一の瞬間でした。
今、ダイアナ・ロスのボーカルをよく聴いてみると、ここでも、シャウト(叫ぶ)するのではなく、あくまでも少し控えめに、大事にそっと囁(ささや)くようにうたっています。聴き手の方が耳をそばだててしまうような感覚です。
なかでも、7曲めの「マホガニーのテーマ」は、’75年の曲ですが、当時の日本では、コーヒーのネスカフェのCMで長いこと親しまれていました。(CMでは版権の関係でほかのアーチストの歌が使われました)、今聴いても、ダイアナ・ロスの健気(けなげ)で、さわやかなボーカルが、朝のさわやかな目覚めにぴったりと合います。
10曲めの「エンドレス・ラヴ」(同名タイトルの映画主題曲)は、男性ボーカリスト ライオネル・リッチーとダイアナ・ロスとの男女が織りなすデュエット曲で、これがかかると、きょうのデートは最高潮に達するのでした。囁(ささや)くようなライオネルの男声と、ほのかに紅潮したようなダイアナ・ロスのデュエットは永遠のふたりの寄り添いを象徴するようなロマンチックな気分にさせてくれます。
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本アルバム”ESSENTIAL”(エッセンシャル)は、2014年にヨーロッパでリリースされたダイアナ・ロスのベスト盤です。イギリスを除くと、ダイアナ・ロスのうたう歌詞である英語がネイティブに母国語としては話されていないヨーロッパの国々で絶賛されたアルバムなのです。英語がネイティブではなく、ダイアナ・ロスのソフィスティケートされた清々(すがすが)しいうたを感覚的にとらえている点では、わが日本での受け取られ方と同じでしょう。ダイアナ・ロスのヒット・ナンバーが、ヨーロッパでのヒット・ナンバーと同じであることは、あながち無関係と考えるわけにもゆかないでしょう。
最初に書いたように、バック・ミュージシャンたちの、サポートは随所で光っています。トランペットがそこはかとなく入ったり、リズム・ギターが嘶(いなな)いたり、バックのコーラスが絶妙に入ってきたり、エレキ・ベースが確実にリズミカルに入ったりしして、ダイアナ・ロスを盛り立てています。アナログ録音されたからこそ、MQAによって、ハイレゾでの新しいマスタリングが可能にもなっているのです。
ところで’80-’90年代当時の若き彼女は、今元気にしているでしょうか?きっと幸せになっていることを祈りつつ・・・。
文:野村和寿
執筆者紹介
’78年FMレコパル編集部に参画して以来、約20年にわたりFMレコパル、サウンドレコパルと、オーディオと音楽の雑誌編集者を長く務める。誌上では、オーディオのページを担当するかたわら、新譜ディスク紹介のページを長く担
当した。海外のオーディオ・メーカーの取材の際、宿に戻り遠く離れた土地で日本のボーカルを聴いてジーンときたという体験をし、ボーカルがいかにオーディオに人の心にダイレクトに響くかに開眼した経験をもつ。
ポップスやロック、ジャズ、クラシックといった多方面のアーチストと交流を深めるうちに、音楽はジャンルではなく、その楽しさにおいては、なんら変わらないことに確信を持つ。ハイレゾの今日に至るも、ますます、お薦めボーカルをジャンルを取り払って探していきたいと思っている。
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