特別インタビュー
山本 敦
■“Prmie”ではデスクトップにおける、最高のヘッドフォン リスニングを目指した
「メリディアン・オーディオの“Gシリーズ”をはじめとする、フルサイズのオーディオコンポーネントのエッセンスをまるごと備えながら、PCによるデスクトップリスニングでのピュアな音楽再生を実現するために作り上げた最高のコンポーネントです」。2015年の夏、日本に訪問したメリディアン・オーディオのボブ・スチュアート氏は、同社のハイレゾ対応ヘッドフォンアンプ”Prime を開発した詳しい経緯や製品の魅力を語ってくれた。
本機は最大192kHz/24bitのPCM対応USB-DACを内蔵するヘッドフォンアンプである。デスクトップにも省スペース設置ができるコンパクトな本体には、自社開発による高密度6層基板を配置。アクティブなコンポーネントは本体の後方側にレイアウトすることで、パスの引き回し経路を最短化。音質向上のため細やかな部分にも余念のない仕様としている。もちろん、生産はすべてメリディアン・オーディオが英国のケンブリッジに構える工場でのハンドメイドによるものだ。
オーディオソースの入力については、背面にUSB端子とRCAアナログオーディオ端子を1系統ずつ備えた。本機はUSB-DAC内蔵ヘッドフォンアンプとしてだけでなく、プリアンプとしてオーディオシステムに組み込むこともできる。「内部のデジタルとアナログの回路をそれぞれ分離しながら最適に配置しています。アナログ信号の入力がある時にはUSB側のデジタル回路を自動でスリープする機能を設けて、アナログ入力時の音質向上を図っています」とスチュアート氏は内部の仕組みを解説する。
本体のフロント側には2つの6.3mm標準端子が2基、その隣には3.5mmのステレオミニ端子が1基搭載されている。昨今はプレミアムクラスのポータブルヘッドホンにも3.5mmのステレオミニ端子を標準仕様としているヘッドフォンが多くあるため、“Prime”のクラスの据え置き型ヘッドフォンアンプが3.5mm端子をケアしているということは、引いては多くのユーザーにとって利便性が高まることに結び付く。
■“Prime”の隠し機能、「デュアル・ドライブ」の秘密とは?
6.3mmの標準端子が2基搭載されている理由については、2台のヘッドホンによるペアリスニング対応だけが目的ではない。実は2つの標準端子による、さらに高音質なヘッドホンリスニングが楽しめる機能が“Prime”には隠されていたのだ。それはスチュアート氏が「デュアル・ドライブ」と銘打つリスニング機能だ。
本機が発表された当初、プレスリリースなどの資料には「本体のフロントパネルに搭載する2基のステレオ標準端子を各左右専用として使うことで、左右独立配線されたバランス駆動対応のヘッドホンをドライブして、より高音質でチャンネルセパレーションの高いサウンドが楽しめる」という説明が記載されていた。その詳細がスチュアート氏の口から明らかにされた。
「一般的なヘッドホンアンプの“バランス駆動”とは異なる仕組みを採用しています。“Prime”の内部には左右各チャンネルに1台ずつ、合計2台のヘッドホンアンプを内蔵しています。一般的な『3極グラウンド共通出力』のヘッドホン/イヤホンの場合、左右チャンネルから戻ってくるグラウンドをプラグ部分、あるいはケーブルでまとめて共通化しています。これに対して、左右を分離したままアンプの入力端子へ戻して、アンプ内部で信号を共通化しているのが、“Prime”に搭載する『デュアル・ドライブ』の概略です」
一般的なヘッドホンによる「バランス駆動」の場合は、左右のドライバーを駆動するために各2台ずつ、合計4台のアンプで差動出力する仕組みであるため、「3極グラウンド共通出力」と比べて倍の出力電圧でドライバーを動かすことができる。“Prime”ヘッドフォン・アンプが採用する「デュアル・ドライブ」では、あくまで2台のアンプでドライバーを駆動することから、パワーの面では3極グラウンド共通出力と同等になるものの、グラウンドをアンプの内部で共通化することにより、バランス駆動に迫るほど左右チャンネル間のセパレーションが高められるという点にスチュアート氏は目を付けた。
ここで、デュアル・ドライブのサウンドを楽しむ方法を整理しておこう。バランス駆動に対応するヘッドホン・イヤホンのほか、6.3mm標準端子2基でアンプに接続するための専用ケーブルが必要だ。この“Prime”のデュアル・ドライブと相性の良いヘッドホンとして、すぐに思い浮かぶモデルにソニーのフラグシップモデル「MDR-Z7」がある。リケーブルに対応する本機にはバランス接続用ケーブルが同梱されていて、3.5mm端子に標準端子への変換プラグを装着すれば“Prime”へ簡単に接続ができるだろう。その他のヘッドホン・イヤホンについてもリケーブルに対応していれば、交換ケーブルや変換アダプターを活用することで比較的手軽に楽しめそうだ。再生時には2基のジャックに端子をつなぐだけで、本体設定からデュアル・ドライブのモード選択を切り替えるなどの設定変更も不要だ。
スチュアート氏はなぜ一般的な据え置き型ヘッドフォンアンプに多いバランス駆動を選ばなかったのだろうか?その理由については次のように答えている。「何よりもまず、デスクトップオーディオのサウンドに革命をもたらすため、まずは製品のサイズを小さくすることを優先しました。6.3mm標準端子と3.5mmステレオミニ端子のほか、さらにバランス駆動のための端子を別途設けると本体サイズが大きくなってしまいます。もう一つの理由はバランス接続のための端子にまだデファクト・スタンダードと呼べるものがなかったので、それならば一般的な6.3mm標準端子を活用しながら、もっといい音で音楽を楽しめる機能をユーザーに提供できないかと考えました」
なお、今回スチュアート氏が詳細を説明してくれた「デュアル・ドライブ」の機能は、製品のユーザー・マニュアルにも記載されていない“隠し機能”である。「まずはシンプルに楽しんでいただきたいと考えて、これまであまり強くアピールをしてきませんでしたが、バランス接続に対応するヘッドフォンも増えてきたので、今後はぜひ多くの“Prime”のオーナーに楽しんでいただきたいと考えています」と、スチュアート氏は「デュアル・ドライブ」の魅力を改めて強くアピールする。
■“Prime”の“隠し機能” ー 「デュアル・ドライブ」のサウンドを聴く
”Prime ヘッドフォンアンプ” の「デュアル・ドライブ」の実力にも迫ってみよう。試聴のため用意したのは、ゼンハイザーのフラグシップ・ヘッドホンである「HD 800」。本機に付属するケーブルは6.3mm標準端子のシングルエンドタイプだが、今回は特別にハイレス・ミュージックが本機の純正ケーブルをベースに製作したリケーブルを用意して、「デュアル・ドライブ」によるサウンドと聴き比べも行った。なお、特製ケーブルの素性について説明しておくと、こちらは元々シングルエンドのゼンハイザー純正のケーブルを元に、アンプ側を左右に分岐して3.5mmのピン端子を取り付けたもの。その先端に標準端子への変換アダプターを装着している。リスニング時のアンプ設定については、”Prime ヘッドフォンアンプ”のヘッドフォン再生時のハイライトである「ヘッドフォンアンプ専用モード」をオンに、「ASP(Analogue Spatial Processing/アナログ音場空間プロセッシング)」はオフとして試聴を行った。
女性ボーカルはジェーン・モンハイトのアルバム「The Heart of The Matter」から『Sing』を聴いた。シングルエンド接続による音のまとまり感もけっして悪くないのだが、デュアル・ドライブのサウンドを聴いてしまうと、声の微細な情報がさらに引き立ち、肉付きもふっくらとした柔らかみが加わってくるのがわかる。余韻のヌケ味も爽快で、メインボーカルとコーラスが重なり合うハーモニーにもいっそう深みが増す。バンドを構成する楽器の音は前後の位置関係が立体的にみえるようになり、ボーカルとの距離感がぐっと近づいてくる。現実の生演奏を聴いても、これだけボーカリストの声を間近に生々しく感じながら聴ける環境は有り得ないだろう。まさに“Prime”の「デュアル・ドライブ」で音楽を聴くオーディエンスのための,特等席だ。
オーケストラはヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団『ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」』から、「第4楽章:フィナーレ(アレグロ・コン・フォーコ)」を試聴した。デュアル・ドライブのメリットはパワー感の向上よりもチャンネルセパレーションの明瞭度が上がることだと、開発者であるボブ・スチュアート氏は語っていたが、これがなかなかどうして、音の力強さにも違いが表れてくるようだ。
「デュアル・ドライブ」で聴く音は一音ずつシャープネスが上がり、低域の重心がさらに低い位置で安定することから、アタックの存在感が高まる。結果として、音楽の躍動感と生命力が一段と増してくるように感じられるのだ。ミドルレンジの透明度もアップして、演奏の空気感がキリッと引き締まる。ピアニッシモの微小な音の表情や色合いは、より自然に感じることができるようになる。
ヘッドフォンによるオーディオリスニングのサウンドを根本的なレベルから高音質化できるリスニングスタイルとして、いまバランス接続には大きな注目が集まっている。メリディアン・オーディオの”Prime ヘッドフォンアンプ” も最新のトレンドをしっかりと押さえていたというわけだ。既に“Prime”を所有している方やこれから検討される方には、ぜひ「デュアル・ドライブ」の徹底活用も意識しマッチするヘッドフォンを選んでみてほしい。“Prime”で音楽を味わう喜びに深みが増してくるはずだ。
2015 Atsushi Yamamoto